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本日もアクセスありがとうございます◎
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りき
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男性
誕生日:
1986/06/08
職業:
旅人
趣味:
音楽・映画・カメラ
自己紹介:
英語教師を目指し5年間迷うことなく大学4回生になって「世界一周」の言葉を耳にしました。
このチャンスを逃したら‥
自分のインスピレーションに従い
8ヶ月の準備を経て09年4月出発します!
支えてくれるすべての人に、感謝の気持ちを込めて
人のためになる旅を目指します!!
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 コルカタ5日目、今回インドに来た1つの理由は


マザーハウスでのボランティアをすることだった


 

正直、ボランティアがしたかったの分からない
ボランティアがしたいのなら、日本でだってできるはず


多分、マザーテレサへの憧れと

ここへ来たら何か開花するかも


そんな期待からだった


 


 

コルカタでのマザーハウスのボランティア施設は4箇所ある


 


朝7時 本拠地になるマザーハウスで朝食(パンとチャイ、バナナ)を食べて

ボランティアの皆で詩を読み、歌を唄い

今日で最後の方がいる場合は、お別れの歌を唄う
(写真は原則禁止なので撮れなかった)


 

そして施設へ向かう


僕が今回行ったのは、ダイアダンという障害を持った子供の施設
勿論、親はおらず、みんなここで生活している


 

活動時間は午前中まで


 

1日目は、ハードだった

何からしていいのか分からないし
自分から仕事を見つけなければと思うものの、なかなか上手く行動できない


 

1日目は見よう見まねって感じ


 

子供たちの服や下着、シーツを手洗いし、屋上に干す
次は体に障害のある子供たちを部屋に連れて行き

唄を歌ったり、マッサージをしてあげる


障害の症状も様々なので、一人ひとりに適した活動を行っているのが印象的だった

自分で動ける子には極力手をかけない
言葉が話せる子には、コミュニケーションを促すしたり

それぞれの特徴を理解し、できることは自分でさせる

マッサージもそれぞれの手製のカルテがあるので
日々違うボランティアが来ても分かるように工夫されていた


 

337532bc.jpeg僕が3日間、マッサージをしていたオビージ

筋肉が固まり、腕や足がまっすぐにならないのを
毎日良くなるようにとマッサージした

よく笑ってくれ、スキンシップで言葉の壁を越えれたのが嬉しかった



おしっこをしたときも最初は戸惑った

でも次第に汚れるとか、服が濡れるとかどうでもよくなってきた

吹っ切れたからなのか分からないが
嫌な気持ちではなかった

うちの母親と姉が介護関係の仕事だから、考え方や感じ方気になった
今度聞いてみよう


 

何はともあれ、2日、3日とどんどんみんな可愛くなり

 

ade9a169.jpegとうとうお別れのとき

最後は恒例の「お別れの唄」を歌ってくれた

単純だけど、この唄が本当に好き




みんなどう感じてるのかは分からない
毎日のようにボランティアの人変わるわけだし、俺なんてそのうちの一人に過ぎないし


 

でも、来て本当によかった

7d8a17b2.jpegやっぱ子供は可愛いや

よく分かんない事言ってたり
言葉通じなかったり
やんちゃする奴もいたけど

すべて含めて好きや



マザーハウス


僕のここへ来てマザーの意思ってのは分かりきれなかった
3日という短期間もあったからかもしれない

最初にも述べた通り、ここは普通のボランティア施設と一緒で、
ボランティアがしたいならどこでだってできる、ってのが正直な感想

マザーの気持ちに近づきたいなら
路上の人とみっちり話し込んだほうが何か分かるかもって思った


 

マザーは

何を伝えたかったのか
何を残したかったのか


 

マザーハウスは本当に神聖で偉大な場所だと思う


 

でもこの施設が重要なんじゃなくて


自分のできることを
自分のできる場所で始めたらいいのかなって

それが間違いかどうかより、まずは自分の信じること
試してみるのがいいかなって


 


そう思い始めた日のこと


 

「ヘイ、マイフレンド、財布盗まれてさ。明後日、ガヤに帰るんだけどお金がなくてさ」


 

2b5776a0.jpegサイクロンのボランティアで一緒だった20歳のインド人
どうも今、ガヤから何らかの理由でコルカタに来てるそう

いつも路上にいる青年だった(メガネは俺の)


 



「お金はやれない。でも飯食ってないんだろ?今晩の飯は食わせてやるよ」

そんな感じで店へ入り、ペプシとご飯をおごってやった

彼は料理ができるみたいで、コルカタにもその関係で来たそうで
「明日は俺が昼、ジャパニーズオムライス作ってやる。だから2時にまたここに来い」

 

次の日、彼は来なかったけど

 

96c97731.jpegその同日

おばちゃんが薬草を擂ったような液体で
腕に花柄の模様をペイントしてくれた








ペイントしながら

「私、病気でお乳がでないの。子供がいるけどお金もないし、妹が見ててくれてるけど、ミルクが必要なの。私のことはいいから、ミルクを買わなければいけない」


ミルクは230ルピー(460円)

足しにと思い、100ルピーを渡した


 


良いことだったかわからない
良くないことだったかもしれないし

自己満足だったかもしれない


今まで、お金とか、何かをおごるとか、旅では避けてきた

良くないことだって思っていたから
一人に何かできたって、その国の人全員を救えないし

虚しくなるだけって思ってた


この人たちが嘘をついてたとしても、相手が救われたならいいのかな

飯食えなかったのには変わりないし
自分より子供が大事ってのには変わりないんだし
 

自分のやっていることが決していいか分からないけど

気がむいたときは関わっていきたいし
心に余裕があるときは踏み込んでいきたい


他の人が「間違ってる」って言おうとも

気が済むまで思うようにやってみよう

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 僕がコルカタに到着する3日前の25日、月曜日のこと

インド東部、バングラディッシュにかけて、サイクロンがあったそう

コルカタから135キロ離れた、sundrban という町が大きな被害にあい、
多くの家が崩壊した


 

僕の滞在するサダルストリート、という通りで
現地の若者と旅行者が、服や食べ物など、救援物資を集めるボランティアをしていたのが始まりだった


 

土曜日に出逢った、たださんのお誘いがあり
翌日、僕は彼らと一緒に、その救援物資を被害地に届けに行くことになった


 

586a3968.jpeg翌日朝8時、迎えてくれたのは、小型トラック2台
インド人、旅行者総勢30人が後ろの荷台に乗り、一日が始まった

「狭い‥」

当たり前だけど狭かった


何てたってトラックだし、席なんてないしお尻痛いし、暑さで水なんてすぐにお湯になちゃった
ホント、牛や豚になった気分‥どこに連れていかれるのやら‥。


 

d4139ce8.jpg僕の不安な気持ちとは打って変わり、インド人のテンションは最高潮

後ろから付いてくる2台目のトラックは盛り上がりすぎて
何の意味もなく奇声を発していてる

僕は、前日のラビィのこともあり、気持ちが乗り切らなかった



 

この日、旅行者で日本人は僕だけ

dc54385c.jpegでも、前日に知り合った

在日韓国人のゲンちゃん、
このボランティアで知り合った韓国人のハイリー、
アメリカ人のジョー

がいたので、不安はなかった



走ること4時間

 

1c75b010.jpeg徐々に町の様子も変わり始めた

水没した家々が見えてきた
でも目的の場所はここではないみたい

途中休憩で車が停止すると



「この車はどこへ向かうんだ?俺たちにも物資をわけてくれ!」


 

そんな感じで、人が一気に群がってきた

僕は、ここも十分ヒドい状態と思ったけど、
そこから更にボートをチャーターし、遠くへ向かうことになった


 


「ボートに乗るから1人100ルピー出してくれ」

と、リーダー各のインド人が言い出した


「急すぎる、聞いてない!」


僕はまた疑った。これもまた手口なんかもって


100ルピー(2$)は、ここではなかなかの額だし、旅行者15人ほど集まるとなかなかの額になる


 

欧米人の男性は

「そんなもの一言も聞いてないぞ。これはボランティアじゃないのか」だの、

「FU○K」
だのって、かなりキレていた


確かにお金はかかるのは構わなかったが、伝えられたのが突然だったので、
信用しきれないまま僕たちは支払うことになった


 

みんな暑さと疲労で、イライラしているのを感じた


 

でも結果、ボートは貸切で5時間ほど乗っていたので、どうやら本当だった感じ


 

27b952c9.jpegボートは大きな川を左右の岸を進み、計6箇所のポイントへ向かった

そこには人がぎっしり集まっていて
みんな笑顔と必死な表情の混ざった複雑な顔で迎えてくれた







6dac3dbd.jpeg


みんな押し合い、「私が先だ」と危険な状態





4b3b91aa.jpegリーダーの支持で、きちんと列を作ってから順番に配布していった


それにしても強烈な光景

ビスケット3枚に、大人、子供関係なく必死だった




離れる際は、「本当にありがとう」

って、被害者の方の拍手と、大きく手を振りあって、次の目的地へ向かった


 

ボートで周ること3時間

4f366f61.jpeg


日も沈み始め、10時間が経過

さすがにヘトヘトで、水もないため
体力も限界に‥





bf0db4e6.jpegここが最後のポイント

着いた頃は、8時を過ぎようとしていたが

暗闇の向こうから、「やって来たぞー」と

こんなにも多くの人が待っていた




e4f83d6e.jpegビスケットをしっかり握る少年

言葉も交わさず、笑みも見せなかった
過酷だったんだと思う





帰宅したのは、午前0時

途中雨が振り、トラックは天井がないため、みんなでビニールシート大を持ち
しのぎながら何とか何とか帰ってきた


本当に疲れたけど


帰宅してレストランへ行って食べた、
おいしくないご飯と冷え冷えのコーラが最高だった


普通の生活ができるってホント幸せだなって思う
インドが予想以上に過酷だからか、このボランティアを通してだからか分からないけど

シートのある乗り物の
暑ければクーラー、扇風機
喉が渇けば、冷たい飲み物
お母さんが作る、おいしいご飯

今、すっごく普通の生活が恋しい\


また日本に戻れば、より快適を目指してしまうのかもしれないし、それでいいのかもしれない
ただ今は、ベストより、ノーマルな生活が恋しい


でも、ほんとに良い経験だった

100ルピーでたくさん経験できたし
日本では見られない光景だった

現地のテレビ局も取材にやって来ていた!
(僕ら旅行者より、インド人がメインに取材を受けていたのがウケた 笑)

この時期にコルカタにやって来て、これに参加できたのも何かの得んだと思うしホントに良かった


この翌々日からマザーハウスでのボランティアを開始!!
ここでも良い出会いがたくさんあった

また次回に

 

更新が遅くなりました


体調が優れないのか、だるくてだるくて‥
暑さと慣れない環境に体まいっているそうです


只今いるのはコルカタ 


この6日間

   初日 夜到着
2、3日目 町探索
  4日目 サイクロン被害地へボランティア
5、6日目 マザーハウスでボランティア


順に更新していきます


28日、バンコクから2時間半のフライトでコルカタに到着


到着から2、3日間は、「信じる」 ということを考えさせる3日間だった


コルカタは、想像していた通りの汚れた町で、道路がゴミで溢れかえり
ヤギ、カラス、犬が生ゴミを漁っている

a7ce8d87.jpegこれはおじいさんがゴミを集めてる

正直、日本のホームレスは
まだ綺麗だなってのが感想




道路では、自分たちが道を進むのが大事で
ドライバーは、「邪魔だ」と、クラクションを鳴らし騒音が鳴り止まない


想像していたよりも、子供よりも、老人がの方が
「お金をくれ」と、手やコップを出し求めてくる


夜12時になると、そこら中の歩道に人が寝ているは異様な光景だった


 


 

正直、到着当初は、良い印象がなかった

騒がしいし、道は小便や生ゴミ臭いし、ジロジロ視線ばかり感じるし‥

de45b2b9.jpeg

これは路上で、シャワータイムの男性たち

突然、お風呂みたいなものがあり、ため水がある
みんな路上でシャンプーしてたり体を洗っている

目が点になった





2日目の夕方、あるインド人が声をかけてきた


 

「時計がなくて。今何時が分かる?」


 

怪しい手口
最初は警戒し、聞き流す程度だった


 

24歳の学生で、今は学校が休みで、違う町から旅行に来ているとのことで警戒が解けた


 

彼は、ラビイ、24歳学生
家が農家なようで、農業を専攻しているそう。


ラビイとは親しくなり、お互いたくさんのことを話した
会うたび、別れる度、堅い握手をした

※インドでは男性同士が手を繋ぐのをよく見かける。どうやら友達だったら当たり前のようで
  友情の証で毎日のように見かける。


 


ラビイは、家が裕福なのか
誕生日にバイクを買ってもらった、とか4枚のクレジットカードを見せてくれた


 


3日目の日の朝、ラビイと待ち合わせをした
今日は、一緒に旅行をしている友人を紹介すると、もう一人連れてきた


 


僕が昨日買った、鉄道のチケットの日程を変更したいと言うと、ラビィの友達が

「俺に付いて来い」

と言い、歩いて付いて行くことにした


 

そこへ行くと、203ルピーで購入したチケットを

「360ルピーの手数料を出せ」

と言われ、彼に申し訳なく断った


 

次は

「今日はマーケットが45%だ。産んでくださった、両親にプレゼントをして感謝する日なんだ。
何てったって45%だから!!」

とショッピングに誘われ、店で店員に、たくさんの商品を売りつけられた。


 

勿論、きっぱり断った‥。


 

「何かやっぱり変‥」


 

553e5fb2.jpegその日、日本人の方と知り合いになった
ここに長く滞在されてる方で、とっても心強い存在

あだ名は、たださん
これは現地の子供が撮った写真



※コルカタでは、この5カ国中で、一番ってくらい日本人、韓国人に会う
勿論、西洋の旅行者もいるけど、アジア人の多さに驚いた

でもこの出会いがあるから、毎日楽しめているんだと思うと、やっぱり旅は楽しい

 

その夜、ラビンのことを、たださんに相談した


 

すると


 

「彼は、ずっと前からコルカタに住んでるよ」

やっぱり‥



疑いの気持ちはあったものの、複雑な気持ち

むかつく、というより残念な気持ち


 


海外に来て感じるのが


「人との距離のとり方」


どこまで信じていいのか
どこまで疑えばいいのか


誰も信じず、踏み込なければ、安全に過ごせる
でも、踏み込まなければ、学びも、発見も、出会いも生まれない


あぁどうしよう難しい‥

日本人は、ダントツ飛びぬけて、狙われやすいみたいだし
僕にも自分では何か分からない、日本人オーラがあるみたいい


これでインド人が悪い奴なんて決めたくない


中には、ほんとに親切で、素敵な人もいる

日本語でアドバイスをくれるおっちゃんもいれば、
通る度、「マイフレンド」と慕ってくるやんちゃそうな連中もいる


「信じる」ってことは、リスクを背負うことでもあるけど大切なことだなって思う
「おひとよし」って言われるけど、できるだけ自分のスタイル見失わないように楽しもう


これがコルカタでの3日間


c98ee0f5.jpeg
どんな国であれ、いつもあるのは
子供たちの満天の笑顔

この日もカメラに気づいた途端
遊びをやめて、一気に集まってきたし、本気で喜んでくれていた




次回は、サイクロン被害地でのボランティアのお話を★

ではまた★

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